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電波通信

I'm on the Top. of the world.

ブログを書く理由:その7

後光の擦り切れ

はじめ

 

このブログは主に自分自身の忘備録がわりに書いてるし、そしてそうなっている。

このブログの第一想定読者は自分自身である。

それはさておき

 

このブログにおける定理の証明はなるべく簡単なもの──原論文で与えられたものとは限らず、後の世で改良されたようなもの──をなるべく載せているし、そして証明の方法が複数あるのならばやる気のある限り全て載せるようにしている。

このブログは忘備録なので自身の勉強になるようにこのようにしている。

もしくは、別にこのブログは誰かに何かを教えようというものではなく、俺のメモ帳を公開するから、見たければ勝手に見ればいいし、見なくてもいいというスタンスでやっているのだけれども、一応誰かが見るのだから、定理の"信頼性"を上げるために、簡単な証明、そしてなるべく多くの異なる証明を載せようとしている。

 

以下の画像を見てみよう。f:id:concious4410:20161206000613j:image

これは僕の昔のノートに書いてあったチコノフの定理──コンパクト空間の直積はコンパクトである──の証明である。

書いた本人、もしくは優れて理解力のある人間ならばこのラクガキでもチコノフの定理の証明になっているということが分かると思う。

しかしながら世の多くの人にとってこれは証明には見えないし、これを見せられても、チコノフの定理を"信頼"すること──チコノフの定理が成立すると確信し、自分自身で改めて証明を与えることができなくとも安心してチコノフの定理を応用する、適用する──はゆめゆめ出来ないだろう。(そもそも証明なんか読まなくても、権威主義的に、成り立つと言われれば成り立つとして応用する人もいるだろうけれど、自分自身──1番身近な他人──の数学に対する態度をブログを展開する際に参考にした以上、証明を見ずに定理を信用する人はあまり想定していないのである。別にそういう人が嫌いなわけではなく、特に想定してないだけ)

(難しい証明を書くなという意味でもない。頑張って証明を読んでください)

 

ああつまり俺が言いたいのは、証明というは定理の正しさを人に納得させるための器であって、厳密に書いていても伝わらなければあまり意味のあるようなものには見えないし、かといっていい加減に書いてよいものでもないということである。

 

このような思想が私にある以上、もっとも伝わりやすい証明──それを簡単な証明と呼ぶのかもしれない──を採用するのは必然的であるし、保険という概念が私に備わっている以上──1番目の証明が分からない場合に備えて──別証明をなるべく書きたくなるのは当然と言える。

 

ふわっと定理の主張を忘れてしまって、そして定理の主張を確認するときに簡単な証明が載っていたならばそれは便利だと思いませんか?

 

これで最後だけれど、大事なことなので繰り返すと、このブログの第一想定読者は自分自身である。

 

おわり